日々の法務、普段の生活のなかで、感じたことをつぶやいていきます。
令和元年9月某日 門徒さんの法事でのこと
月に何日か法事に行きます。感動したことを述べます。
・おばあちゃんが亡くなって1周忌の法要。私が帰ろうとしたとき、高校の制服を着たお孫さんが駆けつけて来られました。部活があって法事に来れなかったということなのですが、部活が終わったので、おじいちゃんの家のお仏壇に手を合わしに来られたとということ。
・おじいちゃんの25回忌。おじいちゃんが亡くなって年月が経っているのですが、おじいちゃんの子どもさ、孫さん、ひ孫さんのほとんどの方がお参りに来られていました。お参りに来られた人数をご当主に聞きますと、なんと…、大人が25人、子どもが9人ということでした。子どもは大人と違って、毛穴からお経が身体の中に入っていくと言われます。
令和4年4月某日 門徒さんの葬儀でのこと
・長年連れ添われた奥さまがご往生されました。ご自宅にお電話をしたところ、自宅に帰りたいとずっと言っていたので、自宅(マンション)でお葬儀をしたいです、とご主人が開口一番言われました。長年、お寺の伽藍の普請の際にご懇志をいただいていた、また私や父に対しても常に暖かい言葉を掛けていただいていた、ということもあって、本堂で葬儀をしていただいてもいいな、と思っていましたが、ご主人が自宅で、と言われるのでそのような段取りで葬儀の準備をしていました。葬儀が済み、最後のお別れの際に、ご主人が毎年、心を込めて育てておられたランを指差して、それを切ってこの中(棺の中)に入れてくれ、と葬儀社の方に言われました。それを言われたあとにご主人は鼻をかみに後ろへ下がっていかれました。奥さまへの思いがあふれそうになられたのかな、と思いました。そして、最後、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と何度もお念仏を称えられるなか、お棺は閉じられていきました。ご主人の奥さまへの最後のプレゼント、こころのこもったものだなと思い、感動しました。
令和7年4月某日 身寄りのない方の葬儀・法要において
身寄りのない方のご葬儀でお勤めをさせていただいた。その後、仏壇の遷仏法要のために故人のご自宅を訪問した。
仏壇の引き出しを確認のために開けてみると、西要寺からの法要の案内状が入っていた。永代経法要の案内であり、日付のところには丸印がつけられていた。さらに、その下に記載されていた今後の法要・法座の案内のうち、お盆の法要にはアンダーラインが引かれていた。
都合がつけば、お参りに行こうと考えておられたのだろう。そのお気持ちが伝わってきて、嬉しく、あたたかな気持ちになった。
また、ご自身の葬儀や法要についても「西要寺にお参りしてほしい」と書面に残されていた。その思いがありがたく、感謝の念とともに、心を込めてお勤めをさせていただいた。